『だから、強くなる』
良守×時音
「ぁ・・・」
「時音?」
道端で突然立ち尽くす時音。
目の前を車が勢い良く走り去って行った。
制服のスカートが風ではためく。
「・・・おい、どうしたんだよ?」
走り去る車を見送って、やはり動かない時音に良守は声をかける。
それでも時音は動かなかった。
たまたま授業が終わる時間が一緒になり、門を出たところで良守は時音に出くわした。
修行は順調か、最近の烏森は変だなどと、とりとめも無い話をしていた。
そこへ、
「あ。黒アゲハ」
時音は上からひらひらと舞い降りてきた蝶を見つけてはしゃいだ。
僅かな風にも敏感に反応してふらふらと舞う蝶は、何だか頼りなくて――、
指に止まりそうなほど近くを飛んでいるので、彼女は思わず指を伸ばした。
そこへ一陣の風が吹き、蝶を飛ばす。
そして車が来た。
動かない時音の目の先にあるのは、動かない蝶。
「・・・かわいそうにな」
良守はうつむく時音の顔も見れず、ふうとため息をつきながらそう言った。
「一瞬なんだね」
しばらくの沈黙の後、ぽつりと呟いた。
え?と良守は時音を見やる。
「あたし達結界師も万全じゃない。少しでも気を緩めたら、やられる」
『油断するな』
頭の中で、父の声が繰り返される。
一瞬でも気を緩める、油断をすると殺される状況の中に自分がいること。
その不安は、初めて烏森に行った晩から変わらない思い。
いつ強大な敵が襲ってくるかも分からない。
そんな思いと、蝶のはかなさが時音の中でかち合った。
「・・・だから、俺が守ってやるよ」
大きなため息を付きながら、少しぶっきらぼうに言った。
「お前がしんどい時には、俺がお前を守る。そしたら、お前は休めるだろ?」
「良、守・・・」
てってってと前を通り、車にはねられて命を落とした蝶を拾い上げた。
「こいつ、俺ン家で供養してやるよ」
そしたら、もう泣かない?と時音を覗き込んだ。
時音はその時ようやく自分が泣いている事に気付いた。
あたふたして涙を拭う時音に、良守は彼女から目を空へと向ける。
「・・・蝶が地面で動かなくなった時から、その、言おうか迷ってたんだ・・・」
「ごめん」
「何で謝んだよ」
「みっともないところ見せちゃったから」
「気にすんな」
「気にする」
「じゃあ、俺に任せろよ」
「・・・分かった」
良守に背を向け、ゆっくりと家の方に歩き出す。
そしてくるりと向き直って、
「ねぇ、今度お花供えに行っていいかな?」
「いいよ。じじいがいない時に式神でも飛ばす」
「ありがと。・・・帰ろっか」
「あぁ」
横に並んで歩く二人の間に、ふわりと風が駆け抜けた。
+++
実際に引かれてしまって動かなくなった黒アゲハを、結構な割合で見ます。
かわいそうで、かわいそうで…
ついこの間も目撃しまして、そこから何となく思いついたネタです。
2007.9.10
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